恋人の聖地 宇多津町 令和相聞歌

過去の結果

第3回(令和3年度)結果発表

≪第3回(令和3年度)テーマ≫

最優秀賞

軽率になんの取り柄もないと言う君はきれいに僕の名を書く

ツナ好

選評

たった三十一音で語られる「君」と「僕」の関係性。言葉の経済効率に優れ、感情の機微を繊細に表現しています。詩歌の世界では「君」は想い人のこと。「軽率に」己を卑下する「君」。その心根の清らかさを語るように文字は美しく綴られて。(家藤)

「君はきれいに僕の名を書く」にとても魅かれました。パソコンなどでなく、直筆の字は心が伝わりますよね。(田中)

上の句と下の句の対比が絶妙。「軽率に」という呼びかけがいい。作者が相手に寄せる思いが表出される。きれいな字なんでしょうね。最優秀賞に相応しい。(田山)

好きになった人に自分の気持ちをあらわすのは人それぞれ。何の取り柄もないといいながら好きな人の名前をきれいに書いている姿に深い愛を感じている。軽率に言った言葉も許せる雰囲気が漂う、臨場感ある良い作品である。(吉岡)

優秀賞

手話で言う出会ってくれてありがとう

シルバー式部

選評

さてこの「手話」の手は溌剌と機敏に動くのか、それとも穏やかに諭すように動くのか。「手話」でなければ伝えられない。その両者の関係性が、ある種凡庸であるものの普遍的な中七下五を、二人にとっての換えがたい言葉にしています。(家藤)

いつも手話で話しているのか、照れくさくて手話で伝えたのかは不明ですが、真摯な人物像が浮かび上がります。(田中)

2021年、東京パラリンピックが開催。表現は口から表出される言語のみではないことが世界的に認識された。この年度の相聞歌としてシンボリック。(田山)

手話での会話や歌はいろいろな場所等でも使われ日常生活に馴染んでいる。二人の出会いの喜びと感謝を手話で伝える。いつもと違う。心を込めて手話で伝える大事な愛の言葉が上手く伝わるかなと思う気持ちが自然な形で言い得た作品である。(吉岡)

プラトニックへ戻れた、檸檬

七瀬ゆきこ

選評

音数は短くわずか十四音。読点を一音分の空白と捉えても十五音。短いからこそ、喪失が鮮烈に酸い。道ならぬ恋は終わり、プラトニックな間柄に「戻れた」。果たして本当にそれは望んだ未来だったのか。言い聞かせるような一音の空白が、切ない。(家藤)

プラトニックラブへ戻れたの「戻れた」がキーワードでしょう。その象徴としての清新なレモン。レモンに語らせた巧みな作。(田中)

「檸檬」の漢字書きが絶妙。色覚・嗅覚・触覚・そして味覚。檸檬のイメージが「プラトニックに」無限に広がる。(田山)

レモンには爽やかな香りと酸味に黄金色の黄色,そして初恋の味.若い頃のプラトニックの世界に戻れた感動と喜びがふたりの関係をまた新たな気持ちにさせたのであろう。檸檬の季語が効を奏している作品である。(吉岡)

病室のリモート画面のわが夫髪伸びたなと言ったっきり

野津理恵

選評

病室にいるのは夫か、それとも奥様か。どちらの読みも成立し得ます。個人的には後者であると読みました。普段は装いの変化にろくに反応しない朴訥な人柄の「夫」がぽつりと放った言葉。言ったきりの沈黙に漂う感情と時間の重み。(家藤)

リモートでしか会えない夫婦の一瞬をとらえた作。髪のびたなしか言えぬご主人。万感の思いで向き合っていたのでしょう。(田中)

コロナウィルス流行のためリモート画面越しの対面しか叶わなかったのか。「言ったっきり」でとだえる表記に夫の無念さを見事に表現。(田山)

2年越しのコロナ禍で病室での面会もままならぬ。リモート画面での夫婦の何気ない会話に「髪が伸びたな」と言ったきりは、優しさのある夫妻のお互いの気持ちに実感彷彿の作品である。「言ったきり」の語尾も余韻がある。(吉岡)

特別賞

ティファニーブルー春宵に書く返事

あずお玲子

選評

お洒落な「ティファニーブルー」のインクは万年筆でしょうか。春の宵はやわらかく深まっていくところ。季語「春宵」が匂やかに文字を綴る時間を包み込みます。(家藤)

プレゼントされたティファニーブルーの箱には、指輪が入っていたのでしょうか。その喜びの返事を書いている女性を想像します。(田中)

「ティファニーブルー」。いい言葉ですね。読み手に「春宵」の美しさと返事の内容を考えさせてくれます。(田山)

ティファニーブルーの青は、古くから真実や高潔さをあらわす色とされ「春宵一刻価千金」の言葉があるこの時を選び心の内を返事をした。ブルーはコマドリの青色の卵が由来。幸せを運ぶコマドリとも重なり愛の賛歌となっている。(吉岡)

転勤の君に最後の冷奴

mono

選評

ぶっきらぼうに突き出される「冷奴」が愉快でもあり愛らしくもあり。僕の思い描いたのは木綿豆腐だなあ。確と崩れない姿が息災への祈りのようで。(家藤)

転勤する君との最期の食事。いつものように注文した冷奴から、彼の姿が彷彿と浮かんできます。(田中)

優しさか残酷か。私は優しさにとりたい。転勤する君の悲しみの情を好物の冷奴でさますのだろう。どうぞ転勤後も君を愛してあげて下さい。(田山)

転勤する彼に私のこと忘れないでと、いつも食べていた好きな冷奴を強い気持ちでお別れに崩れやすい冷たい豆腐を選んだのか?豆腐の選択が面白い。(吉岡)

√2の斜辺くらいよ片恋は

ひでやん

選評

視覚的に心理のあり方を表現する発想が面白い。長く真っ直ぐな「斜線」だと感心したが、よく見たらその端は上がって下がって屈折している。嗚呼、人の心は斯様なものでありますよ。(家藤)

自らの片恋を諧謔的にとらえた作品。わたしの片恋はこんなものですよと、ルート2の斜辺を出してくるあたり、なかなかの知性派ですね。(田中)

無理数で表現する恋のもどかしさ。斜辺というイメージが発想を広げさせる。「斜辺くらいよ」の「よ」の明るさがいい。(田山)

ルート2は1と2の間の数字、1,414,、と片恋だから2まで届いてない意味合いととれる。片恋を数学的に表現して文理融合の面白さがある作品である。(吉岡)

髪洗ふゆるく魔法をときながら

沖野よあけ

選評

「ながら」の押さえ方が良い。「髪洗ふ」は肉体的実感の強い季語。流水にまかせてゆるく髪を遊ばせながら、胸中ではまだ「魔法」を反芻している。心中の綺羅が水をまた美しく見せます。(家藤)

デートから帰宅し、洗髪しているのでしょう。「魔法をときながら」に自制心が」うかがえます。まっしぐらな恋もいいのでは?(田中)

髪には魔法が宿るという。髪を洗うことで魔法を解き、また新たに魔法を宿す。魔法をかけるのはいつ、誰に。(田山)

女性が髪を洗うという言葉には何か物思う行為、新しいスタートを切るため、気持ちを切り替えたいなどのイメージがある。魔法をときながらの惜辞が良い感性にたけた作品。(吉岡)

種無しぶどうの皮むいて口に入れてくるなんて随分経験多そうな人だこと

謙久

選評

詩歌の型に囚われない形。口に出すのは憚られる、胸中の甘い猜疑。見透かしながらも、その誘惑に抗いはしない作者。大人の余裕めいて「葡萄」は甘く黒々と滴ります。(家藤)

ぶどうを口に入れてくれる彼を、少し冷めた目でみている作品。それが「経験多そうな人だこと」の口調にでています。(田中)

「種なしぶどう」「皮」「口」上の句に艶っぽい名詞が並ぶ。それらを作者は「だこと」とあっさり受け流している。安易に流されない作者は立派。(田山)

葡萄の皮をむいて相手の口に入れてあげるのは、仲の良い愛情表現だろう。細かい仕草から心の内まで見えた一瞬を切りとった作品。(吉岡)

みづに抱かれ海月のみづに還る夜

比良田トルコ石

選評

「みづ」と「海月」の相似性。透明で、揺蕩って、融け合いながら、しかし別の存在として同時に存在する両者。彼らはとても幸せそうに見える。同じように融け合いたい存在を想い、夜は深さを増していく。(家藤)

魅力的な作品。海月の生態や一生は不可思議で不老不死の能力を持つ海月もいるとか。海月の字から永遠性をかんじる。(田中)

海月は水から生まれ水に還るといいます。生命誕生の不思議さが句に詠まれ、愛し合う二人の姿もうかんでくるようです。(田山)

海月が自分の世界を楽しんでる。海水に還るとあるのは作者の心模様を重ねたようで、「みづ」を重ねて効を奏してる。(吉岡)

一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二。 君にとって僕はこの句読点だった

基岡夕理

選評

令和相聞歌は80文字以内の短文作品というレギュレーションが特徴的なコンテスト。この作品は日本語の表記の特性と長文の特性を共に活かしている。付き合っては別れてを繰り返す「君」。その隣にはいつも「僕」がいた。最終の句点として今も。(家藤)

「句読点」の発想が抜群ですね。句読点がないと正確に意味が伝わらないこともあります。句読点の重要性をきっと気づくことでしょう。(田中)

句読点の使い方がいいですね。君の存在を折に触れて見てきた強み。力強く人生を歩んで下さい。(田山)

数字1から12まで投句の半分以上が数字リズム最後まで読みたくなる。二人の関係性を表現してユニークな作品。(吉岡)

秋灯やきみにやさしきあばらぼね

稲畑とりこ

選評

作中の人物をどう想定するかで味わいが変わる。若い男女であればエロティックに。年老いた者であれば静けさを湛えて。「秋灯」が「あばらぼね」の陰影を浮かび上がらせる。季語以外がひらがな表記である点も効果的な工夫。(家藤)

初句の「秋灯や」という、落ち着いて静かな感じと「あばらぼね」が合いにくいと思う。(田中)

「秋灯」。秋の夜長の灯火は何を照らすのでしょうか。成長し切れてない身体、それとも君のことをやさしく思う心。「秋灯」と「あばらぼね」との対比はユニーク。(田山)

肋骨がうっすらと見える体型の彼女、美しく瘦せてる。「あばらぼね」にして露骨な表現も秋灯の季語の取り合わせでうまく調和。(吉岡)

無花果にしませう好きと認めたら

穂積天玲

選評

自己との対話か、煮え切らない相手へのからかうような謀略か。相聞の要素を強く読み取るならば、後者を想定したいところ。「認めた」先に味わう「無花果」の粘り気のある淡い甘みは、些かクセモノではあるまいか。(家藤)

無花果は禁断の木の実。好きならこの木の実を食べましょうと言う。無花果のデザートかもしれませんね。(田中)

「無花果」の漢字表記に拍手。好きと認めてからあとのことに条件をつけない。二人で召し上がる無花果の味や如何に。(田山)

無花果は一ヶ月で熟す、また一日に一果づつ熟す。好きと認めた時から愛を育む、自然の再生の豊かな無花果の季語に重なっている。(吉岡)

逢いたいよ胸が痛いよ吾亦紅

かんこ鳥

選評

直接的すぎる措辞に対して季語の選択は渋い。上五中七は若いが季語の選択は一定以上の年齢層を思わせる。(家藤)

ストレートに、逢いたいよ。胸が痛いよと心情を吐露した作品。(田中)

この作品も「吾亦紅」の漢字表記がいい。「よ」の韻の踏み方が魅力」「吾亦紅」が「逢いたい」「胸が痛い」のイメージをうまく表出しています。(田山)

恋する人に逢いたいと素直に表現。山野に自生し咲く姿は静かに揺れながら人待ちしてるかの吾亦紅。もの思い、愛慕と花言葉にある、「我も恋う」という言葉。季語の光景と重なる思いが伝わる。(吉岡)

四国新聞社賞

ウイルスが たとえ世界を 分断しても 僕はあなたに 会いに行きます

イワンモ

初デート背伸びして履くハイヒール

すずらん

おとうさんアイスかって「あぁいいよ」 お父さんピアノやめたい「あぁいいよ」 お父さん志望校変えない「あぁいいよ」 お父さん彼氏連れてくる「あ  いいよ」

寺津豪佐

「寒いね」と 初めて手と手 繋いだ日 初めて雪を 好きになった日

渓流

夕暮れの 宇多津の海の 歌碑巡り 君に見せたい 僕の恋歌

酒井具視

四国医療専門学校賞

車椅子押すのは白髪の王子様

えのもと だい

夕焼けが 僕の背中を そっと押す

勝手にパンナコッタ

私には唯一の白あの春に君が仰いだモクレンの花

北原しおり

未来図の 色鉛筆も 恋の色

はるやす

恋しても恋しても月雲隠れ

樽谷幸龍

選考委員について

令和相聞歌の選考委員の先生を紹介させていただきます。(50音順 敬称略)

  • 家藤 正人(俳人)
  • 田中 美智子(歌人)
  • 田山 泰三(和歌研究者)
  • 吉岡 御井子(俳人)
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